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Last Update 2001.12.23

ペルー写真集

 1999年9月、新婚旅行でペルーへ行きました。なぜ新婚旅行の行き先としてペルーを選んだのかと、よく聞かれます。その理由は、、、
 ・マチュピチュが見たかった。
 ・大使館人質事件も終わって、治安は安定していた。
 ・ともかく遠くへ行きたかった。
あまり説得力は無い理由ですが、意外に妻も乗り気だったと思います。

 旅行中の写真をまとめてみましたが、写真では伝えきれない点が数々あります。高山病のつらさ、食事のまずさ、そしてペルーの人々の貧しさと素朴さ。

 実際行ってみると、本当に遠く感じました。しかも安全で快適な旅ができる国ではありません。なかなか、人にお勧めできる旅行先とは言い難い国です。結局のところ、それでも「どうしても行きたい」人だけが行ける国なんだろうと思います。

クスコ (Cuzco)

市内の風景
アルマス広場&カテドラル (Plaza de Armas, Catedral)
サントドミンゴ教会、コリカンチャ (Iglesia de Santo Domingo, Qoricancha)
宗教芸術博物館 (Museo de Arte Religioso)
石壁

クスコ近郊

サクサイワマン (Sacsayhuaman)
プカプカラ (Puka Pukara)
タンボマチャイ (Tambo Machay)
ケンコー (Qenqo)

ウルバンバ渓谷、聖なる谷 (Valle Urubamba, Valle Sagrado)

ピサック (Pisaq)
オリャンタイタンボ (Ollantaytambo)
チンチェーロ (Chinchero)

マチュピチュ (Machu Pichu)

 アンデスを南北5000kmに渡って支配したインカ帝国の都市。侵入して来たスペインの破壊を免れ、1911年にハイラム・ビンガムに再発見された。発見当初は未発見のインカ最後の首都ビルカバンバかと騒がれたが、どうやら違うようだ。

 眼下のウルバンバ川から400m上の標高2280mの尾根にある都市。その姿は空中都市の名称がふさわしい。周囲から完全に孤立したこの都市にはかつては一万人が暮らしたと言われていた。しかし、その耕地面積から、実際に生活していたのは500〜1,000人らしい。

全景

アウトバゴン(クスコ−マチュピチュ間の列車)

農地管理人住居跡 (Viviendasa de los Guardianes)
畑 (Andenes)
水汲み場 (Las Fontanas)
陵墓 (La Tumba Real)
太陽の神殿 (Templo del Sol)
王女の宮殿 (Aposento de la Nusta)
神聖な広場 (La Plaza Sagrada)
三つの窓の神殿 (Templo de Las Tres Ventanas)
インティワタナ (Intihuatana)
太陽の門 (Puerta de Ingreso a la Ciudad)
葬儀の石 (La Roca Funeraria)
技術者の居住区と石臼
コンドルの神殿 (Grupo del Condor)
中心の広場

チチカカ湖(Logo Titikaka)周辺

クスコ〜プーノ間の高原列車

プーノ (Puno)
チチカカ湖 (Logo Titikaka)
シユスタニ遺跡 (Chulpa de Sillustani)

ナスカ(Nazca)

        地上絵


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