|トップページ|日記リスト|石垣の写真|星雲星団のスケッチと星座の神話|モルジブ|インド|オーストラリア|ペルー|トルコ|イタリア|フィジー|ギリシャ|その他の国|リンク|
どろどろ日記1198
9/18(土)
写真の整理など。
9/17(金)
午後から雨らしいので昼で帰ることにして、できるだけ橋を見ておく。
佐久の中津橋、昨日、二居新道の「境橋」を調べていて知った長野の子安橋。
ここでもう一声行けそうだったので、妙高の大田切橋梁を目指す。右岸の線路わきの保線小屋から、森の中へ。水路に沿って進むと崖が。素人には降りられないと断念。大田切橋から眺めるだけにする。
11時過ぎに出発。自民党の党首の立会演説を聞きながら、16時頃に帰宅。西新宿ジャンクションへの渋滞の最後尾での追突事故での渋滞通過に20分ぐらい。アクアラインの上り、反対側、で派手な事故で通行止め。
9/16(木)
松本城の埋門を見てから上高地へ。7:33沢渡大橋発に乗り、8:05頃歩き始めた。河童橋、明神橋、新村橋、横尾大橋まで。およそ3時間。新村橋では橋を渡る30~40匹の猿の群れに遭遇した。
コンビニ弁当を食べて、帰りは2時間半。足の裏と手がむくれた。14:15上高地発のバスに乗った。
満願寺に寄ってから小諸の中津橋へ。
泊まりは小諸グランドキャッスルホテル。夕飯は「ちゃんちき」。馬刺し、焼鳥、もつ煮込み。酒は「佐久の花 山廃」。パンツが無くなったのでユニットバスで洗濯した。
9/15(水)
昨夜は判らなかったが、部屋の窓から恵那峡と観覧車と恵那峡大橋が見えた。
飯田の天竜川の南原橋、木曽川に戻って桃介橋、木曾の桟、木曾の大橋。
昼ごはんは「ていしゃば」で三段の蕎麦。
ウォッシャー液がなくなっていたので、オートバックスで補充。
午後は飛騨へ。神岡鋼業の宝橋へ。以前、間違えて別の宝橋に行ってしまった失敗の回収。
泊まりはサザンクロスイン松本。「酒肴車」は満席、「あや菜」は休業、「よしかわ」は別の店になっていた。諦めかけていたが、「きく蔵」に入れた。馬刺し、あゆの一夜干し、ウシビテ(クロカワ)を食べた。
〆は「もも八」でアジフライ定食を作ってもらった。
9/14(火)
パイプベッドのせいでよく寝られなかったうえに体が痛い。トンカツのせいで胃ももたれている。
木曽川橋と橋脚が傾いた川島大橋を見て、今回の目的地の最も遠い「美濃國一之宮 南宮大社」へ。その後、甲大門西橋りょう経由で長良川をさかのぼって美濃橋へ。
昼には明治村に着いて昼ごはんはオムライス。少し雨。広大な応援だが、さっさと橋だけ見て退却して、今度は飛騨川を遡って白川橋へ。
その後、丸山ダム。のぞみ橋には近づけず、遠くから眺めるにも苦労した。潰れた「蘇水峡山荘ぷらら」からなんとか見えた。
次に旅足橋。ここは下流からは通行止めで、上流側から到達。
最後に恵那峡大橋を見て、晩ごはんは「サガミ」でそば遊膳。泊まりは「かんぽの宿 恵那」。
9/13(月)
歩きすぎて筋肉痛。
平日なので、普通に渋滞している。潮騒橋へ戻り、遠江國一之宮 小國神社、黄柳橋、方広寺と廻った。
昼ごはんは浜名湖の「浜菜房」でうな重。関西風だった。
浜名湖大橋、浜名橋を見た後、一気に岐阜県へ。
城嶺橋。虎渓山永保寺、太田橋を見たところで日没。
泊まりは「ウイークリー翔 岐阜駅南」。監獄のように殺風景な部屋だった。夜の街は全滅に近く、駅のなかの「東京とんかつキララ」を食べた。岐阜県も緊急事態で厳しい。共同の風呂は温泉で、なかなかの泉質だった。
9/12(日)
大井川源流方面へ。まずは最深部の畑薙大吊橋へ最後は往復1時間の歩き。井川湖の橋を見て、接岨峡の8つの橋めぐり。ここでも1時間歩き。
レインボーブリッジ展望台は混んでいた。インスタ映えの効果だろう。
寸又峡でたこ焼きで昼ごはん。その後1時間半歩き。少し雨。アップダウンが多かった。
その後、大井川にかかる橋を眺めて、日没。
泊まりは「くれたけイン・セントラル浜松」。夜の街は全滅に近く、「中華そば まるしょう」でつけ麺を食べて、ホテルに戻った。静岡県は緊急事態なので厳しい。
御意見、御感想をお寄せ下さい。
宛先:jyu-bako@mn.vis.ne.jp